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達磨 白隠慧鶴 額装品「日々を彩る名画展より」

商品説明
誰もが知る名画を、あなたの暮らしの中にも。

【達磨 白隠慧鶴 額装品「日々を彩る名画展より」】

【展示作品仕様】
◆作者:白隠慧鶴(1685-1768)
◆タイトル:達磨
◆サイズ:W450mm×H990mm (作品サイズ)
◆用紙: Canon Premium Fine Art Smooth
◆額:デザインフレーム(赤)アクリル付
◆所蔵:メトロポリタン美術館

2020年3月にNine Gallery にて開催された「日々を彩る名画展〜ファインアートペーパーを楽しもう 」の展示作品です。

キヤノンの無料印刷素材サイト「Creative Park(クリエイティブパーク)」で紹介している世界の名画から一部に作品に合わせた色調整、額装をあしらい販売。誰もが知る世界の有名作家の作品を、「キヤノンインクジェットプリンタ」で高精細プリント。作品は全て「Creative Park」からインテリアとして楽しみやすい作品をセレクト。アートディレクターでナインギャラリー主宰でもある三村漢が、キヤノンが番組提供しているTBSテレビ「世界遺産」の広告でおなじみの名画印刷を実際に再現。作品に合うファインアート用紙での印刷、額装までを監修しました。


※展示作品のため、多少の傷などはご理解ください。
※受注生産品、サイズ変更をご希望の場合もお気軽にご相談ください。お見積もりをいたします。
作者説明
白隠慧鶴

江戸中期の臨済宗妙心寺派の禅僧。1685〜1768(貞享2〜明和5)年。
臨済宗中興の祖。号は鵠林。
駿河国駿東郡原(静岡県沼津市原)の長澤家に二女三男の末子として生まれ、幼名は岩次郎。
生家は沢瀉屋といい東海道13番目の宿場の原宿で旅籠兼運送業を営む富裕な家柄。
11歳の頃、母に連れられて行った日蓮宗昌源寺で、地獄の説法に恐怖を抱いたことが出家を志す契機となる。15歳で原・松蔭寺の単嶺祖伝に就いて得度し、慧鶴と命名。各地を行脚し、19歳頃に禅の修行に疑問を感じ、一年ほど書画の世界に耽溺していた。33歳で第五代松蔭寺の住持となる。翌年、京都・臨済宗妙心寺の法階・第一座をえて道号を白隠とする。42歳『法華経』を読んでいるとき「菩提心とは四弘誓願の実践にほかならない」と悟った。五十代以降、招請に応じ全国各地で講ずるとともに、膨大な書画や著作を記し、法を説いた。68歳のときに無量寺(富士市)開祖となり、76歳で龍澤寺(三島市)の開山の儀を行なう。84歳で遷化。禅師の舎利は松蔭寺・龍澤寺・無量寺に分骨された。後桜町天皇より「神機独妙禅師」を、明治天皇より「正宗国師」の諱号を賜る。


白隠慧鶴は江戸中期の禅僧で,臨済禅中興の祖といわれる。駿河(静岡県)原駅の出身で,余技としての画や書を民衆の教化に用い,「駿河には過ぎたるものが二つあり,富士のお山と原の白隠」と土地の人々に慕われた。たゆまざる求道精神をもち,孔孟・老荘思想は言うに及ばず,広く内外の教典,更に晩年には神道研究にまで及び,その視野はまさに世界性をもっていたと言える。

その画は禅師の強い欣求の精神を備えた特異な作風が特徴で,本作のような達磨図は数点が伝えられている。薄墨を基調に,瞳と上瞼,口,耳穴,衣を濃墨で描いており,茫漠とした風貌の奥に秘められた強靭な意志を感じるところから,晩年の自画像のような印象を受ける。「直指人心見性成佛」とは,端的に言えば座禅により自己に本来備わっている仏性を発見し,真の悟りを得ることである。
価格
¥44,000
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