鍵井 瑠詩

言の葉散歩 〜ダイビング〜

文芸に限らず何か表現をしていくには、人にはない経験が武器になるのだろうなとぼんやり考えています。
自分には何かあるだろうかと振り返ると、それはやはり小さな時から続けてきたスキューバダイビングだと思います。
両親の影響もあり、10歳の頃にはダイビングのライセンスを取り、いまとなってはいつの間にかダイビング歴が10年ほどになりました。

そんな中、最近友人たちと共にダイビングをする機会がありました。関西でできた友人はまだライセンスも持っておらず、初めての体験ダイビングに私もついて行きました。彼らにとっては全てが新鮮な体験で、その機材の重さ、種類、量、にはただ海中で息を吸うだけでこんなに装備がいるのかと驚いていました。20キロぐらいにもなる機材は私も10歳の頃は重くて重くて大変でしたが、今となってはすんなりと慣れてしまって、あぁ確かに最初はそんな驚きがあったよなと思い出します。
その後彼らは、海中で息を吸えるということに感動したり、目の前で魚をみたり、海中で写真を撮ってみたり、親切なインストラクターさんのおかげもあって初めてのダイビングを満喫していました。

左 鍵井 中央・右・撮影 友人

小さい頃から身に染みているダイビング。大人になってから初めて体験して感動する、その感情ももちろん素敵だけど、ダイビングというものを幼少から、それも人生の半分近く続けてきたからこそ生まれる感情というものは、きっと大半の人には得難いもの。特殊な環境で育ったからこそのこの私の経験を、これからも武器にして行きたいと思う。

ダイビングといえば、先月第十回BLUE+「青と詩を結ぶ」の関西展がありました。
そのなかでひとつ、ダイビングについて書いた歌があります。

この詩こそ、幼い頃からダイビングをしてきたからこそ得れた感情を描いた詩だと思います。
ダイビングをしたことない人が海という言葉で連想する風景は、おそらく砂浜や海岸線から覗く水平線まで続く海面でしょう。けれど、それはほんの一部分でしかない。ほんの表面でしかない。よく波を見て「海の表情」という表現をする人がいるけれど、波が海の表情なら海の感情そのものを見れるのが海中世界だと、ダイバーなら知っているはず。表情というのは、内側の感情によって動く皮膚の結果であるように、波というのは海中で巻き起こるドラマの皮膚でしかない。この写真のように美しく、可憐な姿こそ、海が秘める感情だ。なんて考えを馳せたりしてみます。


この本は、左右社から出ている短歌作品のアンソロジーです。題名は「海のうた」。数多くの歌人たちがそれぞれの思う海を歌にしています。どれも素晴らしく、私は終始楽しく読んだのですが、一つ残念なことがあるとすれば、ほとんどが陸上からの海を読んでいるということ。だれも海面を破ることはしないのです。
ただ、それと同時に、それは私だからこそ得れた感想で、もしかしたら私の強みなのではという発見が嬉しかったり。


これは父の写真集「せかいの海」。水中写真家の30年の歴史が詰まった一冊ですが、この本の帯は私が書きました。
「この星の青は、美しい。地球の七割を占める海 けれど、その大部分を私たちは知らない」


最後に、私が10歳か11歳か、カメラを持って潜った初めてのダイビングで撮影した一枚を紹介。
これで一つ短歌を読んでみようと思います

クマノミの生きた軌跡も知らなくていちばんニモに見えるように撮る

言の葉散歩、今月はここまで。
また来月、お会いしましょ〜

鍵井 瑠詩

鍵井 瑠詩

鍵井 瑠詩(かぎい りうた) 2004年10月19日生まれ。神奈川県鎌倉市出身。 大阪芸術大学文芸学科在学中。 2023年 展示会「青を読む」 2024年 個展「瑠璃色の森」 詩写真集「青を読む」発売中

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