山田 凌

「自分にとって写真とは?」

 皆様、こんにちは。写真家の山田凌(やまだ りょう)です。

 東京は暖かくなったかと思えば、寒波がきて雪がチラついたりと「三寒四温」な日々を繰り返して春に少しずつ近づいていると感じます。私は先週から花粉が非常に辛いです・・・。

 さて、先日、1回目のコラムを「ひぃひぃ」言いながらようやく書き終えたと思っていましたが、あっという間に1ヶ月がすぎて、めでたく2回目を迎えました。「何を書こうかな〜〜〜」とぼんやり考えながら送る日々は苦しさを感じる反面、すごく贅沢なことでもあります。1回目が公開されて反響もありました。友人・知人たちからは、「コラム楽しみにしている」や「腹立つほどいい写真撮るね」など叱咤激励のお言葉を貰い、「頑張っていこう」と、気を引き締めています。原稿はいつも通りギリギリですが・・・。

 今回は、「自分にとって写真とは」について考えたいと思います。

 仕事では基本的にほぼ毎日撮影に出ていますが、毎日が勝負の連続です。与えられた時間、制約のある環境でいかに求められている以上の写真を撮れるか。失敗のできない状況で「瞬発力」みたいなものが試されているのです。翌朝には紙面に掲載され、他紙とのアングルや画の出来を比べることで、自分の力量がすぐに分かることがすごく面白く、興奮に近いものが溢れます。同じ環境下で撮影していたはずなのに「負けた」と思うことも多く、毎回反省をしています。だからこそ、現状に満足せず努力を重ねることが出来るし、他にないものを提供できた時にはすごくやりがいを感じ、写真記者は私にとって本当に「天職」だと思います。ですが、最近は仕事の写真だけで満足してしまい、休みの日は日々の休息にあてることが多くなってしまいました。

 そこで私は「旅」に出ることにしました。

 2月中旬、久慈にいる友人から「そろそろベコが産まれ始める頃だ」と連絡を貰い、厳しい寒さがまだ残る岩手県久慈市山形町に向かいました。

 今回の最大の目的は、山形村短角牛の出産を撮影すること。同地には夏と冬に何度か訪れたことがあります。出産を撮影しようと数年前からトライしていましたが、タイミングがうまく噛み合わず撮影できないまま今年の冬を迎えました。

 山形町ではこれまで3年ほど撮影を重ねてきました。日本にいる肉用牛の中でも1%ほどしかいない「短角牛」。北海道、青森県、秋田県、そして岩手県が主な産地になっています。その中でも山形町で育てる短角牛は味も育て方も高く評価をされています。同地の飼育方法は「夏山冬里」というスタイル。5月ごろに山間にある牧野と呼ばれる広大な放牧地に、母牛と冬に産まれたばかりの子牛を山上げして、10月ごろになると牛を牛舎へと戻す山下げをします。独特な地形を生かし、長年育まれてきた飼育方法なのです。エサには全量、国産飼料を使用していて、夏場に畜産農家が自ら乾草やデントコーンなどの飼料を生産をしている農家も多く、地産地消なエサ作りを目指しています。繁殖は、牧野に放牧されている中で自然交配を促し、あくまでも人間の力に頼らない動物本来が持つ、本能で子孫を残そうとするスタイルで、和牛のように人工授精をした牛とは違い、妊娠をした時期が各々なため牛舎に戻り、厳寒期の2月ごろになると次々に出産を迎えます。

 撮影日数は当初、3日間を想定していました。今回、伺った柿木畜産さんでは約100頭の母牛がいるため、過去に多い日では1日に7頭が産まれたこともあると聞いて出産に立ち会える確率は非常に高いと考えていました。

 初日、東京から向かい、夕方頃に牛舎に着くと、到着30分前に産まれたばかりの2頭の子牛を見守っている柿木さんの姿がありました。「運を持っていない幸先の悪いスタートだな」と感じました。出産は自然分娩で基本的に人の手を入れずに産み落とされます。産まれやすい時間を聞くと夕方から夜にかけてと、潮の満ち引きの満ちる時間(この数日は早朝の3時前後)が多いと教えてくれました。日中はエサくれの様子や施設整備の作業を撮影しながら産まれそうな母牛がいないか探します。お乳の張りやお尻の形、エサの食いつきの悪さなどに変化がないかを観察していきます。夜は観察用のカメラで時々、牛に異常がないか確認していて、もし産まれそうであれば牛舎に向かうという農家さんたちにとっては寝不足が続く日々です。

 その後、早朝に気づかないうちに産まれていたりしてなかなか産まれる瞬間を撮影できずにいると予定の3日間が過ぎ、4日目に突入しました。「もう今日ダメだったら帰ろう」と考えていました。ですが、なんか産まれる予感がしていました。12時を過ぎ、14時を過ぎ、お産の兆候はどの牛にも見られませんでした。牛舎で農家さんと話していると「まだまだ産まれそうにないから明日も有給だな」なんてことを言われながらも諦めずに牛舎を周り、観察をしていました。

 時刻は16時。帰りの新幹線に乗るためには17時には出発しなければなりません。諦めかけたその時、1頭の母牛が破水してお産の兆候が見られ始めました。私は「本当に粘ってよかった」と思い、これから始まる出産に向けて機材などを念入りに準備しました。

 それから約2時間後、母牛がいきみ始め、大きな鳴き声とともに無事に自然分娩でオスの赤ちゃんが産まれました。産まれてからすぐに羊水で全身が濡れた子牛を母牛が舐めて乾かそうとする姿に母としての本能を見ました。30分経った頃には産まれたばかりの子牛が自力で立ち上がろうと何度も試みる姿には大きな生命力を感じ、夢中で撮影していました。

 今回、心が沸きたつ瞬間に巡り会えることができて、自分の中にある写真の原点に立ち戻れた気がします。仕事で「瞬発力」が重要ならば、作品では「忍耐力」が必要と感じる旅でした。そして、生産現場は昨今の資材価格の高騰などにより、想像以上に逼迫しています。日本人の「食」に繋がる農業をいかにして守っていくべきなのか。できることはなにかを考えさせられました。

 「自分にとって写真とは」。それは粘り強く現地に足を運び、チャンスを待ち続け、逃さずに記録していくことです。

山田凌

山田凌

山田凌 (やまだ りょう) 1996年生まれ。香川県丸亀市出身。 日本大学芸術学部写真学科卒業。

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